
『TAKARA』 執筆のきっかけとは
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「ただいま」
そう素直に口にした自分にビックリした。
「おかえりなさーい」
母さんもそう普通に前と同じような返事をした。しかしそれにもなぜか腹が立ち、俺はそ
れから無言のまま、部屋に入った。バタンと閉めたドアにもたれかかったままその場にう
ずくまった。
「わっけわかんね・・・・・」
その時気づいた。俺は親を避けたくて無意識に挨拶をしなくなったんじゃない。親に自分
の心配をしてほしかったからあいさつをしなくなっただけだと。本当の俺は親と話したがっ
ている。元の生活に戻りたがっている。しかしそれをなにかが・・・邪魔をする。何か変な
モヤモヤが、邪魔をする。勉強も、友だち関係も本当は以前の様に戻したかった。でもそ
れも変なモヤモヤが邪魔をする。それがなんなのか・・・分からない。
「くっそ・・・・なんなんだよ・・・・」
宝がきてからは、こんなことなかった。それが突然・・・・?
そのもやもやは、夜になっても収まらなかった。しかももやもやに加えて、とてつもない不
安に襲われた。そのせいなのか胸の奥が痛んだ。
心臓じゃない。
チュンチュン―――。
鳥のさえずりで俺は目を覚ました。どうやらいつのまにか寝ていたらしい。ベッドから身体
を引きずり降ろして、制服に着替えると学校に向かった。身体が半端なく重い。もやもや
も消えきってなかった。岬と宝を同時に思い出すと、そのもやもやは強さを増した。俺の
心を厚い雲で覆う。
今日こそあの二人の関係を暴いてやる。
「よぉ、岬」
学校に着くなり鞄を片付けていて岬に声を掛けた。
「にっ西口君」
岬はどこか迷惑そうな顔をしていた。そうだよな、俺なんかと話したくないに決まってる。
「宝っていつもああなのか?」
「・・・・え?」
教室の入り口で宝を待つ岬の横にドアを背にしゃがみながら聞いた。突然の事で何を言
っているのか分からないらしい。
「急に人を殴ったと思えば、優しくなるし、反抗的かと思えば先生に説教しはじめる」
「いいえ」
俺のたとえに岬はきっぱりそう言った。
「宝君はそんなんじゃないわ。めちゃくちゃに思えてもその行動は必ず何かにつながって
いる。ムダが無いのよ。あれだから周りのみんなも変えられる。そう思わない?先生とか
木村君たちとか。私とかそれに・・・西口君だってどこか・・・変わったんじゃ・・・ない、か
な」
岬は廊下の奥を見ながら、少し微笑んだ。目を向けると宝がまだ、上着を着ながらこっち
に向かってきていた。
「へえ、そっか・・・」
「うん」
俺たちの会話はそれで終わった。宝の後ろに江藤が付いてきていた。それになぜだか
腹が立って睨みつけると、俺から逃げるようにして教室内に消えた。
「おはよう、宝君」
何とも自然に。そうするべきであるように岬は言葉を放った。
薬を飲むために、珍しく宝たちの観察をやめてトイレに入った。すると運悪く木村とメンバ
ー二人に出くわしてしまった。俺は無視して薬を飲み、出ようとした。しかし木村は俺を見
つけると、ニヤリと笑って声をかけてきた。
「よぉ、西口君」
その声に俺はひとにらみするとそそくさとトイレから出た。冗談じゃない。教室に入ると、こ
そこそと話をする宝と岬を見つけた。最近妙に一緒にいる。宝が転校してきてまだ一ヶ月
も経っていない。恋に時間なんて関係ないってこのことか?
少し側耳を立てると宝の声が聞こえてきた。
「今日、もう一度・・・に行って確かめてみるよ」
どこへ行くって?肝心な部分が良く聞こえなかった。よし、ついていってやろーじゃないの
よ。
帰りの会が終わると、すぐさま教室を出た宝を追うのは容易じゃ無かった。俺と宝の間に
もう一人いる。岬だ。岬も慌てた様子で、宝を追った。
二人は公会堂前行きのバスに乗った。二人に見つからない席を見つけると、そこに座っ
た。こっちからは向こうが良く見えるし、向こうからこっちは見えない。落ち着いたところ
で、俺はふと思った。
宝にあって俺に無いものってなんだ?と。噂じゃあ、あいつは前の学校で相当悪だったと
聞いた。殴り喧嘩は毎日が当たり前。成績も良いとは言えない。殴った奴の家に親と一
緒に謝りに行ったり、向こうが家に怒鳴りに来ることもたびたびあったらしい。しかし今、
そんな様子は微塵もない。手は振り上げても絶対に振り下ろさないし、学校で問題なん
て一度も起こしていない。こっちにきてそんなに何が変わったんだ?転校も5回目だって
聞いた。それが理由な訳じゃないようだ。じゃあなぜ?考えれば考えるほど、知りたいこ
とがたくさん出てきた。それを全て教えてもらうまで、後を付けるのを止める気は無い。
バスが終点に着くと二人が降りた。見つからないように少し遅れて後を追った。しかし、
バスを降りると二人を見失ってしまった。ぶらぶらと探していると、公会堂の横にある古い
神社から話し声が聞こえてきた。
「この中に・・・・あの空間があったんだ・・・」
確かに宝の声だ。神社を見ると、二人は社の中に入って行くところだった。俺は二人のす
ぐ後ろまで行って声を出した。
「また、探偵ごっこか?」
その言葉には少しとげがあった。二人は突然の声に驚きながら振り向いた。
「西口!!」
俺の名を呼んだのは宝だった。どうやら二人は今俺の存在に気づいてなかったようだっ
た。俺は〝してやったり!〟と言う表情をした。
「何でいつもついてくるの!」
岬は今にも頭から湯気が出そうな勢いで怒鳴った。
「お前たち、いつもこそこそしていて怪しいからさ」
わざわざ後をつけてやってんだよ、という口調で言った。俺は楽しみながら、二人の所ま
で行くべく、階段を上った。すると後ろからものすごい突風が巻き起こった。宝は俺と岬を
かばうように前に出た。
は?訳が分からねぇ。
「何だよ!」
そういって少し口をとがらせた。俺も男なんだけど。
「西口、逃げるんだ!」
「何だって?」
声が良く聞こえない。いや違う、なんで風ごときに逃げなきゃいけねーんだ。
「岬!西口を!」
岬は俺の腕をつかむと、強引に引っ張り走り出した。すると、渦巻きが膨れ始めた。周り
の物を巻き込んでいく。
「ちょっ、ちょっと!何だよあれは!」
俺一人だけ状況が飲み込めてないようで、あんぐりと口を開け、訊いた。
「いいから、早く!」
宝が大声で叫んだ。その大きい黒い渦巻きは俺たちの方へ向かってきた。
「早くいけ!」
そう言って宝は自らその渦の中に飛び込んだ。
「おっおい!宝大丈夫なのかよ!?」
手を必死で引っ張って俺を助けようとしている岬に問いかけた。
「いいから!大丈夫だから!」
宝と同じ返事をしやがった。そう答えながらも俺は腕をぐいぐいと引っ張られ、走らされ
た。するといきなり左胸が痛み出した。
くっそやろ・・・これだけ走っただけでか・・・・・!!
しばらく我慢して走ったがついに痛みに耐えられず、公会堂の横の芝生にしゃがみ込ん
だ。胸を強く押さえてうずくまる。治まらない。発作だ。最悪なことに薬を持ってくるのを忘
れた。
苦しい・・・息が出来ない・・・誰か・・・誰か助け・・・・。
横で岬が血相を変えて何かを叫んでいたが、何も聞こえなかった。ちらっと視界に宝の
姿が映った。駆け寄ってきて俺の側でしゃがんだ。
「大丈夫か!西口!」
聴覚が元に戻った。しかし痛みは余計に増した。
「走っていたら急に倒れたの!」
岬が必死で訴えた。
「ごめん、お前病気なのに」
俺の顔をのぞき込んで発せられたその声はわずかながらも震えていた。何だよ、同情
か?「何・・・・・で・・・その・・・こと」
苦しすぎてうまく声が出せない。誰も言わないはずだ。よそ者には。あ・・・・。
「そう・・・・か・・・岬が言ったのか・・・・」
それより他に思いつかなかった。
「ちがうよ」
否定される。じゃあなんだって言うんだ。お前と話しをしてるやつなんて、江藤と岬以外見
たこと無いぞ?
「お前を病院で見たんだ」
ちっ・・・しくった。まさか病院にいる所を見られていたなんて。
宝の声は沈んでいた。すると宝は俺の胸に手を当ててきた。しばらく苦しみと闘っている
と、手を当てられたところが暖かく感じた。
「落ち着いて、深呼吸するんだ。ゆっくりと・・・・大丈夫、すぐ治るから」
そう言われると深呼吸を2回する間に普通にしゃべれるくらいまでになった。徐々に痛み
が引いていくのが分かった。
「お前、・・・何やったんだ?」
手品じゃ発作は治ったりしない。薬を入れたようにも見えなかった。宝を睨みつけた。俺
に何か変なことをしたんじゃないかという意味も込めて。
「もう大丈夫だな?」
そう言いながら俺の胸から手を下ろし、抱き起こされた。なんかうまく話をずらされたよう
な気がする。
「こんなこと初めてだ。発作が起きると薬を飲むまで治らないんだ」
「手当だよ。これが本当の手当さ」
宝は両手を開いて見せた。はっ、バカかこいつは。
そう言う代わりに、その手を退けた。
「お笑いだろ。この俺が発作に怯えているなんて」
引きつらせて笑った。何とでも思えばいいさ。あざ笑いたきゃそうすればいい。バカにした
ければすればいい。哀れな同情するような目で見ればいい。もう俺の事なんてほっとけ
よ。
「心臓が悪いのか?」
俺の考えもそっちのけに、宝は申し訳なさそうにするわけでもなく、そうなにげに聞いて
きた。横に座りながら。
「医者に言わせりゃ、たちの悪い心臓病だってよ・・・・」
あのクソ主治医に言わせりゃな。そういいかけてやめた。岬は少し離れて俺たちのやりと
りを見ていた。
「くっそー、何で俺だけがこんな変な病気になっちまうんだ?」
俺はずっと疑問に持っていたことを口にした。口にすると、よけいに悔しくなって芝生をむ
しる。
「この前はそうとも知らずにごめんな・・・・」
宝に急に謝られたせいで、頭が働かなかった。前?宝がバスケ部に入ろうとしていたと
きの事か?
「べ、別に・・・いいよ」
そこまで腹が立っていた訳じゃなかったし。
自分では冷静に言ったつもりなのに、とまどいがにじみ出てしまった。さっきまでなんでも
ないと思っていたのに、俺がバスケをできなくて、出来る宝を考えると、だんだんいらつき
始めた。
「でも・・・お前はバスケをやろうと思えばやれるのに・・・腹が立つな。俺だってこんなん
じゃなかったら・・・・そう思うと悔しくて悔しくて、冷静でいられないんだよ」
素直に自分の気持ちを言葉にした。いらだちを交えて。
「そうだな。ごめん」
素直に謝ってくる宝に妙に腹が立った。なんでだろう・・・。
「説明しろよ。今のは一体何だったんだ?」
今しかない。今が一番聞くのに絶好のチャンスだ。そう思い、俺は宝を横目で睨みつけ
ながら聞いた。
「何でもないよ・・・悪かったよ・・・・」
教えてもくれずになぜ謝る?謝るくらいだったらちゃんと今の出来事を説明して欲しい。
「あの黒い渦は何だ?」
俺はもう一度聞いた。
「知らないよ・・・・ただのつむじ風なんじゃないの」
宝は少しとぼけた。何がただのつむじ風なんだ。それだったら別に俺を走らせる意味無
かったんじゃないか。
「じゃあ、俺が苦しむのを見るために面白半分に走らせたのか?」
くっそ・・腹が立つ。結局こいつらの目的は何なんだ。
「そんな!違うわ!」
しばらく遠くで見てた岬が慌てて否定をした。
「俺がお前たちの仲を邪魔するから、仕返しのつもりだろう」
俺は吐き捨てるようにまくし立てた。結局はそう言う事だろ。お前たちにとって俺は完全
邪魔者だもんな。
「そんなことをすると思うのか?」
なんだよ。お前たちがそう言うことをしたんじゃないか。なのにすると思うだって?ああ、
思うよ!お前らも結局他の奴らと一緒かよ。
「け!わざとらしい奴!どうせ俺の病気の事を二人で笑っていたんだろう。体育もろくにで
きない病気持ちだと」
俺は薄い笑いを浮かべた。口の端を歪めた。もうそれでいい。何も期待しちゃいない。
「お前こそ、病気を使って逃げてるんじゃないのか!」
思ってもみないような返事が返ってきた。宝自身その言葉に驚いた様子で口を塞いだ。
病気を使って逃げてるだって?何をいってるんだ?俺は思いっきり宝を睨みつけた。
しかし宝は俺の事も気にせず、先を続けた。
「お前は、病気という武器を使って身を守り、そして自分の弱さを慰めているに過ぎない。
病気を利用しているだけなのさ」
は?何だって?
「何だと!こんなに苦しい思いをしているのに利用しているだと?」
俺は宝を殴りたい衝動に駆られた。はめを外したら今にも飛びかかってしまいそうだ。
「病気になるのは理由がある。その原因があるんだ」
けっ!お得意の説教かよ!悪いが、おめーの説教なんか聞いてる暇なんてねえんだよ
っ!!
「お前はこういう思いをしていないから簡単にそう言えるんだ!!」
俺はついにはめを外してしまった。いきなり立ち上がり、宝の胸元をつかんだ。
「待って」
そんな俺の肩に岬が静かに手を置いた。
「少し聞いてみましょうよ」
岬はニッコリと俺に笑いかけた。いつも宝に見せるのと同じ笑顔で。なぜか俺はこの笑顔
には逆らう気にはなれず、もう一度もとの場所に腰を下ろした。

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