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TAKARA

TAKARA西口編
『TAKARA』 執筆のきっかけとは LinkIconこちらへ

いつもより早く学校へ登校した。なぜか家にいるのが嫌だったのだ。いつもなら家でずっ

とゆっくりしていたぐらいなのに。しばらく自席でいつものように机に足を乗せて座った。

宝が自席に来るとちらっとこっちを見たような気がした。なんだよ。くそ、からかってやる。

「おはよう、宝君」

自分が思ったより小馬鹿にしたような言い方になった。まあ気にとめるほどでは無いが。

しかし俺の方を向いた宝は少しとまどうようにしていた。

「何だよ。何か言いたそうだな」

俺は目を細めて宝を見た。しかし。

「何でもないよ」

何か言いたげにそう言うと前に視線を戻してしまった。そして岬の席を見るのが分かる。

なんだよ、恋でもしてるのか?チャイムが鳴り笠原先生が教室に入ってきた。

「今日は、園原さんがお休みみたいね。誰か聞いてる?」

なんだ?あの岬が学校に連絡入れてないのか?毎回必ず連絡は入れているはずなの

に。

 次の時間は体育だと知ってそそくさと俺は教室を抜けた。なんで授業でバスケなんか

やるんだ。俺が出来ないこと分かってて。・・・知ってる、全部俺の都合なんかで物事が

設定されていくことは無い。行くかどうか迷ったが結局行くことにした。宝のプレーが見れ

るかもしれない。

目の前でCクラスの出席番号1~9とDクラスの10~19までの奴らが試合をやってい

る。もちろん俺は見学。今にも立ち上がってその中に入りたいぐらいだった。しかしそれも

出来ず座ったままボールを弄っていた。小さく付いたり、上に投げたり。前の試合を見て

るとイライラする。そこには木村たちがいた。もちろん宝もいる。俺がイライラしていたのは

それだけの事じゃなかった。木村たちはあるとありゆる手段で嫌がらせをするのだ。ボー

ルを叩くふりして腕を叩いたり。足を引っかけて転ばせたり。それを見ていてなぜファール

を取らないのかが不思議なぐらいだった。しかし一向に宝もその攻撃を避けるそぶりは見

せなかった。まるで誰かの変わりに自分が受けているみたいに。しばらく試合が進むと、

江藤が宝の前に立ちはだかった。確かあいつは今の木村たちのターゲットのはずだ。弱

くて、少し殴られただけで泣く。そのせいで中学生に入ってからずーっと江藤に対する虐

めは続いていた。金も手に入る。確か江藤稔だったか。そう言えば宝は俺と会った初日

にこいつを助けたと聞いている。

「止せ、お前もやられるだろ!」

宝がそう叫ぶのが聞こえた。そうか、今まで攻撃を真っ向に受けていたのはこいつを守

るためだったのか。はんっ、訳のわからねー行動取りやがって。

しかしせっかくの宝の呼びかけも耳に入れずに江藤は飛んでくるボールを避けずに宝を

守った。

「どけ!江藤」

何度も何度も江藤の後ろから宝が呼びかけた。しかしその場を離れない。ついに江藤ま

で木村たちの餌食になってしまった。

しかし江藤が餌食になってからというもの、宝の動きは機敏になった。木村たちからの攻

撃をスルリスルリとかわしながらも、ドリブルとパスだけで味方チームをうまくリードしてい

った。そのなかでも江藤をかばうことを忘れていない。しかしその行動が奴に油を注い

だ。木村は宝が動けないように囲んでしまったのだ。これはさすがにファールを取るだろ

うと審判の方に視線をやったが、もう審判の生徒はこの試合を見てない。向こう側で行

われている試合の方に見入っていた。ちっ、使い物にならねー奴だな。

木村はその状況を見ると、うれしそうにボールを弄んでいた。そして宝に近づく。

「さあ捕まえたぞ!ちょろちょろしやがって!」

もうすぐで木村が宝にボールを投げようとしたとき、誰かが大声を上げた。

「君たち!ボールはゴールに投げてもらいたいものだね!」

あのガリ勉男。堀だ。

「君たちだけのゲームじゃないんだ!」

堀は中指で眼鏡のアームを押し上げながら宝の木村集団を睨みつけた。

「おや、そうだったな」

木村たちの目が堀に向けられた。ターゲットが変わった印だ。木村は仲間に目で合図を

し、二、三回ボールをつくとにやりと笑った。

「さあ、始めようぜ!」

ああ、くそっ、うぜえ。こいつらはバスケをなんだと思ってるんだ。

宝と江藤が動けないように見張りを置くと、木村は堀にねらいを定めた。

「止めろ!」

宝の叫ぶ声が遠くに聞こえた。木村からボールが離れた。と思った瞬間、勝手に俺の身

体が動いた。俺が投げたボールは木村の投げたボールに当たり違う方向へ飛んだ。二

つ一緒に下に落ちる。しばらくみんなその場で止まっていたが、ボールに目がいった瞬

間俺の方に視線が集まった。

「バスケをなめんじゃねーよ」

くそっ。吐き気がする。一言だけそう吐き捨てると木村を睨んで体育館を出た。あんな所

にいたくもない。教室に戻ると岬の姿があった。その姿を見るとさっきの苛立ちもどこかへ

行った。なぜだ。何か話しかけようとしたが何も言葉が出てこない。今更岬に話しかけら

れる資格なんて俺には無い。それにどこか岬の表情は沈んでいた。体育の終わりのチャ

イムが鳴ると俺は教室を出た。しばらくその辺をうろつく。トイレをすませて、次のチャイム

が鳴るまでに教室に戻った。もうみんな体育から帰ってきている。席に座るとちょうどチャ

イムが鳴った。前を見ると宝は岬の方ばかり向いていた。

「お前、そんなに岬の事が気になるのか?」

ふざけて宝の顔の横に顔を突き出し、一緒に岬の方を見る。

「教室に入ってきたとき、あいつ随分沈んだような顔してたぜ。喧嘩でもしたのか?」

岬は沈んでいて、それでいて宝が何度も岬を見て心配しているようだ。と考えたら喧嘩ぐ

らいしか考えられない。宝が言い返してくることは無かった。俺に何か言われることが嫌

なのか、それから授業が終わるまでなるべく岬の方を見ないように努めているらしかっ

た。その背中を見て思わず笑ってしまう。授業を終えて、宝が岬の後を追ったのが気に

なって俺もその後を追った。宝は廊下の曲がり角の所に身を隠して、すぬ見見ていた。

「立ち聞きか?趣味悪いな」

また肩越しから前を見ると、今度は振り返り睨んできた。岬が違うクラスの黒沢って奴と

話をしている。またか。

「ほんっとに、いい加減にしてくれないかな」

宝のその言い方は本当に飽き飽きしているようだった。しかしついつい俺は真剣な顔を

崩さずにいた。はいはい、まあその気持ちは分かるけどな。

「あいつら、時々ああやって会ってんだぜ。でもほかの時は全然だから、付き合ってるん

じゃないと思うが・・・」

俺の意見も交えながら話した。

「あんたも根性悪いな」

宝が意味ありげに笑った。顔は何か分かった、と言うようなうれしそうな顔をしている。な

んだよ・・こいつ。そのとき、話し終わった岬がこちらに近づいてくるのが横目に入った。

「やばい」

宝はそう言うと自分は壁にもたれかかり、俺を自分の方に引っ張った。しかし、わざとらし

い隠れ方に岬は気づき、足を止めた。そして宝を見た岬は目を見開いた。

「・・・・あなた無事だったの?」

「は?」

いきなり何を言い始めるんだ?岬は確か宝の事をあなたなんて言ったりしないはずだ。

まるで他人行儀だった。

「岬?・・・大丈夫か!」

「何々?どういう事だ?」

岬の不思議な反応と宝の反応を見て、俺は宝に問う。

「まさか、お前は!」

と言うと、宝は岬の両肩をつかみ、顔をのぞき込んだ。俺はぎょっとして、宝の肩をつかん

だ。

「おい、止めろよ」

それで宝は少し身体を引いた。

「おい、大丈夫か?」

宝が身を引くのを確認した後、岬に話しかけた。そのとき岬がはっと気づいたように見え

た。まるで今まで気絶していたように。

「宝君・・・・」

俺が呼びかけたのになんで第一声がこいつの名前なんだ。変なことに腹を立てながら、

岬の様子がさっきと違うことに気づいた。そして岬と宝に答えを求めるように交互に見た。

「岬、何で学校に遅れて来たんだ?」

俺の目線には答えず、岬に話しかけた。しかしその宝の問いかけに、岬はきょろきょろと

周りを見渡した。

「遅れてきた?私・・・・学校にいるのね」

は?なにいってんだ?まるで今までの記憶が無かったみたいな言い方じゃねーか。俺は

宝と岬に顔を近づけた。それに気づいた宝は岬を引っ張るようにして廊下を歩き出した。

「ちょ、ちょっと何だよ!それ」

説明してもらわなきゃ気が済まない。しかも勝手に岬を連れて行かれたんじゃ俺の疑問

はそのまま保留になってしまう。そう思い、二人の後ろについて行った。

「大変だぜ!今、先生たちが話してるの聞いたんだけど、C組の谷屋みちるが夕べから

行方不明なんだって!」

宝たちが席に着いたのを見て、俺も席に着こうとしたとき、クラスメイトが慌てて教室に駆

け込んで来たかと思えば、そう大声で叫んだ。

「えー!?またか?」

クラス中がざわざわし始めた。

「何かさ、犬の散歩に出かけたっきり帰ってこなかったらしいんだ。夜中になっても帰って

こないんで警察に捜索願を出したみたいなんだ」

そいつははらはらと興奮状態でそこまで息継ぎせずに言い切った。その後ろに巨体が現

れた。

「おいおい静かに!!もう始まってるんだぞ!」

ちっ。大熊こと数学の中島だ。中島がそう大声で言いながら入ってきた。それで静かに

なると、そろそろと席に戻り始めた。宝が座ろうといすに手を掛けたとき、俺はその手をシ

ャーペンで刺した。得に意味もなく。

「痛!何すんだよ!」

反射的に宝はその手を引っ込めた。

「あー、痛かった?」

俺はふざけてシャーペンの先を眺めた。そんな俺を見てため息をつきながらいすに座っ

た。「知ってた?お前の席に座ってた奴も行方不明になってから見つかったんだぜ」

俺はわざと宝の耳元でそうささやいた。また、からかい半分で。宝が教科書を出す手を止

めた。

「きっとまた何かあるぜ」

少しウキウキしながらそう呟いた。

「んにしても、さっきの岬はどうしちまったんだ?急に様子が変わっちまって、お前たち何

か隠してんだろ」

どうしてもさっきの岬の様子のおかしかった理由が聞きたくて、そう話を持ちかけた。

「何もないよ」

宝はその一言で話を止めてしまった。しかしそれでも俺は先を続ける。

「お前たち、やけに仲がいいみたいだし、二人でこそこそしてるし。不気味だぜ」

別に不気味に思ってる訳じゃない。腹が立つだけだ。だけど、つい大袈裟な言い方にな

っちまう。そのとき、俺の顔の横を白いモノが通り抜けた。チョークだ。

「こら、そこ、うるさいぞ!」

前を向くと大熊がもう一本のチョークを投げようとしていた。

「すみませーん」

その姿を見るなり、自然にその言葉がでた。悪ふざけで。昔はよくあった事だが、最近こ

ういうしゃべり方はあまりしなくなっていた。

「俺の授業はそんなに退屈か?」

大熊は俺のそんな態度に腹を立てて、顔を真っ赤にした。その姿を見るともっとからかう

ような言葉が出てしまう。

「あれ?先生だったんですか。俺は眼鏡をした熊が入ってきたかと思いましたよ」

その言葉に教室中に笑いが起こった。俺の言葉で笑いが起こるんて久しぶりだ。二年生

のはじめ頃から徐々にそんなことは無くなってきていたからだ。

「止めろ!」

宝がそう俺に言ってきた。注意のつもりか?大熊をからかうなんて面白いこと俺から取り

上げようってか?無理なご相談だぜ。大熊を見ると、赤を通り越し、少し青みがかってい

た。

「そうか、こんな問題は朝飯前って訳か・・・・」

大熊は声を荒げた。黒板を見るとそこにはびっしりと計算問題がかかれている。全部分

からない。何せ俺は勉強してないんだから。もしかして・・・・。

「よーし、そこの二人にやってもらおうじゃないか!」

予想は的中してしまった。

「もしできなければ、わかっとるな?俺は廊下にただ立たせるだけでは済まさんぞ!」

今の大熊は、熊というよりまるで鬼のような面だった。こいつにたてつく生徒はまずいな

い。俺みたいな命知らずの奴をのぞいて。放課後は居残り。片手には竹刀。罵声を浴び

せて、先生が生徒にすることじゃ無いような事までする。俺はまだそれを味わった事が無

い。何せ、今までの成績では問題が解けないなんて事は無かったし、勉強しなくなって

からは、大熊にたてつくような事はしなかったからだ。

「早くしろ!」

大熊はまくし立てた。俺はのろのろと仕方なく立ち上がった。宝の席の横まで来て、横目

で睨みつける。

「お前もだぞ」

確か大熊はさっき二人と言った。だとしたら、俺とこいつのはずだ。そう小さく言うと、前に

出た。後ろで宝も仕方なく立ち上がり、黒板の前まで来た。

「さあ、全部解いてみろ、できなきゃ居残りだ。ここから半分ずつだ」

大熊は黒板の問題を半分に割った。半分は宝担当、もう半分は俺担当だ。黒板をまじま

じとみた。うっわぁ・・・なんじゃこりゃ。全く訳が分からない。だんだん顔から血の気が引

いてくのが分かった。後ろからクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「どうした。もしかして一問もできんのか?」

大熊が横でにやりと笑った。悔しいが・・・・

「降参!」

俺は少しいらだって、思いっきりそう言うと、チョークと放った。まだ横では粘ろうとがんば

っている宝はチョークを持ち直すと、問題を解き始めた。次々と問題をこなしていく。そん

な宝に俺は口を半開きにした。何だこいつ・・・。自分の分を最後まで終えると、チョークを

置いて、宝はちらっと大熊を見た。大熊は驚きながら答え合わせをする。

「んっ、んん」

あごに手を当てて咳払いをした。額には汗が滲んでいる。どうやら全問正解だったらし

い。

「で、できたじゃないか。じゃあ・・・ついでに西口の分もやってもらおうか」

その口調から明らかに動揺していることが分かる。しかし、間違えることを期待するかの

ような表情で一歩黒板から離れた。宝はしばらく黒板を舐めるようにして見た。何かを合

図に解き始めた。既に答えが分かっているような早さで、宝は俺の分もやり終えた。そし

て、またチョークを置き黒板から一歩下がった。またもや大熊はぶつぶつと言いながら答

え合わせをする。しばらくすると、強ばった顔ににやりとうれしそうな笑みを浮かべた。

「駄目だ。ここが違っておるな!」

まるで三億円の宝くじが当たったような顔をしていた。そして指を立てて黒板の方に向け

ている。その指の先は最後の問題に向いていた。なんじゃこりゃ、訳がわからねえ。答え

あわせをしようと試みてみたが、さっぱりだった。合ってるのか間違っているのかさえ分

からない。

「先生、それは合ってますよ」

後ろから声が聞こえた。あーあー、また堀だ。

「それはもう一つの難しい解き方ですよね」

堀の口調は大熊に〝先生ならそのぐらい知っていますよね?〟と訴えかけていた。大熊

はその堀の言葉に慌ててもう一度式を見直した。

「よっ、よろしい、ふ、二人とも席に、も、戻りなさい」

もう完全に動揺しきってしまっている。もうちょっとはっきりしゃべれないモノかと腹が立っ

てきた。紅潮した顔から汗が流れ出している。

「に、西口は居残りだ。いいな?」

ちっ、忘れてればよかったのに。そんなこと覚えてるより、公式の一つや二つ覚えてろ

よ。ようやく授業が終わり大熊が教室を出て行くとクラス中がまたざわめきだした。

へぇ。

「秀才さんか天才さんか。ま、どっちでもいいけどやってくれるね」

そのニタニタしながら言い放った皮肉には、自分へのお叱りも含めていた。あそこで勉強

を止めなければ、きっと俺はちゃんとあの問題が解けていた。しかも一問の間違えもな

く。それなのに、俺の全部が宝に取られたような気がしてならなかった。

「君がそんなに出来るなんて知らなかったよ。でも僕は君には絶対負けないからね」

俺と同じような事を言う奴がもう一人いた。堀だ。堀は宝の前につかつかとやってきて、

それだけ言うとまた自席に戻った。いちいちここまで来る必要があったのか?

よほど宝には負けたくないのか自席に戻るなり参考書らしきモノを開いた。俺の前で宝

がため息をつく。注目を浴びるのが嫌なのか?俺は不思議そうに宝を眺めた。昼食を終

えた後、俺は宝に話しかけた。・・・が、そこに宝の姿は無かった。あーくそ。岬の姿も見

あたらない。二人で逃げやがったな。目を離すんじゃ無かった。まだあの岬の変貌の理

由も教えてもらってねーのに。

それから宝は席に姿を現すことは無かった。鞄は置いてある。保健室でまたずる休みで

もしてるのか?気になって岬に話しかけると、岬は「宝君なら腹痛で帰ったわ」と言ってき

た。鞄を置いたまま早退?はぁーそうですか。

後少しで最後の授業が終わるというときに、遠くで救急車のサイレンが聞こえてきた。誰

か事故ったのか?外を見ているとその救急車が学校の前に姿を表した。そして学校の裏

山に入っていった。なんだ?あんな所に普通誰かがいくか?不振に思ったがそれ以上

外を見るのは止めた。

全授業を終えると、俺は宝の行方を探るべく岬の後をつけた。しかし、つけるまでもない。

岬は宝の鞄を抱えると、ずっと教室に残っていた。怪しまれないように俺の方が教室を出

るはめになる。しばらく待っていると、遠くでパタパタとこっちに走ってくる音が聞こえた。

宝だ。俺は見つからないように身を潜めた。

「宝君!」


宝が教室に入るなり、岬が慌てて駆け寄るのが分かった。

「さっき、学校の裏山から救急車が出て行ったわ。もしかしたら谷屋さんが見つかったの

かもしれない」

「いや、あれは違うよ・・・・」

岬は少し慌てたように言った。しかしそれに対して、宝はまるで自分は知っているような

口調で否定した。

「じゃあ、誰なんだよ」

俺は廊下側の窓から教室の中を見た。二人は仲良く寄り添っている。

「西口君!」

急な俺の登場に驚いた岬が声を上げた。既に帰ったはずの俺がここにいることに驚い

て。

「やっぱり、岬はお前を待っていたんだな」

そう吐き捨てながら、俺は宝を睨んだ。

「腹痛は治ったのか?」

俺はからかいながらそう言うと、教室に入った。

「あの救急車に乗せられたのが谷屋じゃないと知ってるということは、裏山に行ったって

事だよな?もしかしてあそこでウンコでもしてたのか?」

俺は勢い余ってそんなことを口にしていた。

「西口君!!」

岬は大声で俺の言葉を遮った。

「冗談だって」

俺は意地悪く笑うと、また宝を睨みつけた。

「何だ西口、お前、しおらしく居残りでもしてたのか」

突然ぬぅーんとあの大熊が教室に姿を現した。その後ろには担任の笠原先生もいた。

「ああー、しまった!そうだった・・・・」

俺は今思い出した。今日居残りをしていかなければならないことを。どうすれば逃れられ

る?

「今日は、もう遅いから明日にしてよ」

許しを請うようなそぶりをしながら大熊にそう言った。

「遅い?まだ外は明るいぞ。いいですな?笠原先生」

大熊は気持ち悪い笑いを浮かべながら笠原先生にそう聞いた。笠原先生から許可が下

りなくても、俺を居残りさせるつもりだ。絶対。

「いいですよ。お家の人には連絡しておきます」

笠原先生は無表情のままさらりと許可をした。

「勘弁してくれよ!」

俺は頬をふくらませた。こんな事今時幼児だってしないだろう。

「ただでさえお前は勉強が遅れているんだ!だから先生が指導してやるって言っている

んだよ、ありがたく思え!!」

大熊のその言い分に腹が立った。遅れてるから指導してくれる?それをありがたく思え

だと?は、バカもやすみやすみに言え。

「そんなことしてもらわなくってもいいんだよ!」

俺は怒りにまかせてそう怒鳴った。

「何だと!それが先生に対して言うことか?」

大熊はそうまくし立てながら俺の方ににじり寄ってきた。

「へっ、式の解き方も知らないくせに、先生って言うのか?」

俺は半分あざ笑った。それでもこいつに対する怒りは収まらない。

「貴様は・・・病気だからっていい気になるなよ!今まではほかの生徒たちより大目に見

てきたが、お前の態度はもう許せんぞ!!だいたいその格好は何だ!病人がする格好

か?」金髪にピアス。俺がどんな思いでこんな事してんのかお前には分からないだろう

な!そう言おうとしたが、笠原先生が言葉を発しようとしたので口を閉じた。しかし実際に

は笠原先生の言葉は岬に寄って遮られた。

「先生!それは言い過ぎです!」

大熊はじろりと岬を見据えると口元を引きつらせて言った。

「君も何だね。こんな放課後に恋愛ごっこか?こんな奴らと付き合っていると君までろくで

もない奴になってしまうぞ!最近君の成績が落ち気味なのはそのせいか?」

大熊はせせら笑った。それに俺の怒りも爆発した。

「くそー!!」

俺は大熊に飛びかかろうとした。が、その寸前で宝に止められた。

「止めろ!西口」

「何だよ。止めんなよ!こいつを殴らないと気が済まない!」

なぜ宝が俺を止めたのかその理由が分からない。当の本人だって大熊を睨みつけてい

る。

「殴ってみろ!どのみちそんな身体じゃたいした力はでんだろうが」

大熊は止められた俺を見下し、笑いながらそう吐き捨てた。俺は怒鳴りかかろうとした

が、まやもや邪魔をされてしまった。今度は宝だ。

「先生、それが先生の言うことですか?」

宝の口調は妙に落ち着いていた。それでも視線は大熊をものすごい勢いで睨みつけて

いる。「また、お前か・・・お前のことをちらっと聞いたが、前の学校ではそうとう先生方を

困らせたようだな。ついにしっぽが出てきたな。この学校でも傷害事件を起こすのか?ど

こに転校しても腐った奴は腐ったままだ。そうやって周りの奴も腐らせていくんだろ?あ

の数学の答えも解けたのはまぐれだろ。お前にあんな問題が解けるはずがない。手品か

テレパシーでも使えるならあり得るが」

大熊は言いたい放題だった。ついにしびれを切らしたか。そんな大熊にさらに腹がたっ

た。もうこれ以上腹が立つなんてあり得ないと思っていたのに。

「先生、何ていうことを!」

岬はいてもたってもいられなくなったらしく大声で叫んだ。

「僕のことは何と言われてもいい。だけど西口を傷つけることだけは止めてください!先

生は人を導く人なんですよ。先生方が教えるのは勉強だけじゃ無いはずです。先生とい

う存在は、親や友達とも違う何かを持っているはずなんです。生徒たちのレベルと先生

のレベルは違うはずです。それを考えてください。生徒たちの信用を失うことはしないでく

ださい」

おいおい、さんざんヒーローぶっといて、今度は先生に説教か?

俺はまだ掴まれていた手をふりほどいた。

「な、な・・・・」

宝のその言葉に大熊は口をぱくつかせていた。身体はわなわなと震えだし、持っていた

竹刀を宝の方に向けた。

「お前は!先生に説教する気か!」

学校中に響き渡るかと思うぐらいの大声を出して叫んだ。そしてついに掲げた竹刀を宝に

振り下ろした。宝はそれを腕で受け止めた。

「中島先生!!お止めください!三上君の言う通りかもしれません。私たちが生徒たちを

受け入れる側のはず。今の言葉は限度を超えていました」

そう声を出したのは笠原先生だった。まるで大熊をなだめるような口調だ。それで大熊は

我に返ったらしく、竹刀を持つ手を緩めたのが分かった。

「そ、そうだな。お前たちのように低レベルな生徒を相手にした私が馬鹿だった。さ、笠原

先生、行きましょう。今日の所は居残りはなしにしてやるからお前たちもさっさと帰るんだ

ぞ!いいな!三人で何をたくらんでるか知らないが学校のガラスだけは割って回るんじ

ゃないぞ!」

本当にそうしてやろうかと思った。大熊はばつが割るような顔で逃げるようにそそくさと教

室を出て行った。

「西口君、あまり気にしないでね。ああいう先生も中にはいると思って」

笠原先生は小声で俺にそう言うと少し微笑んだ。

「三上君、あなたの方が大人ね。もう戸締まりをするから帰りなさい」

また冷静な顔に戻ると、大熊の後を追って廊下にでた。

「おい、笠原先生が笑ったぜ」

驚いた。もう三年以上あの先生はこの学校にいるが、一度もあの冷静な表情を外したこ

とが無かった。しかし、今日初めて生徒たちの前でしかも俺の前で微笑んだ。

「私も、初めて見たわ」

岬の方を見ると今にも吹き出しそうな顔をしていた。

「まいったぜ。でも本当に俺、あいつを殺してやりたい衝動に駆られたぜ」

あいつの事を思い出すと、またふつふつと怒りがこみ上げてきた。

「西口君も悪いのよ」

そう岬に言われて少し顔をゆがめた。

「宝、お前ってすごい奴だよな。あの大熊をおとなしくさせちまうんだからな。それに笠原

先生を微笑ませるなんて事も普通じゃあできない」

尊敬のまなざしを宝に向けた。最初は何を言い出したかと思ったが、その話の内容をよく

よく考えてみれば、分からないでもなかった。宝は少し苦笑いをした。まるでこうして誉め

られることが珍しいような感じだった。

「宝君、腕は大丈夫だった?」

「ああ、たいしたこと無いよ」

「教育委員会に訴えろよ。そうすればあの大熊の奴、速攻、首だ!」

俺は首を切るまねをしながら言った。

「何言ってんのよ!宝君、これ」

岬は一度俺をたしなめると、宝に持っていたものを渡した。というより、目の前でぶらつか

せた。

「宝君、鞄も持たずに出て行くんだから・・・・慌てて隠しておいたのよ」

あれ・・・?隠してたか・・・?

「あ、ごめん。ありがとう」

宝は岬から鞄を受け取る所を見ると、ある意味を含めて笑った。

「お前、裏山に何しに行ったんだよ」

「裏山に行ったんじゃな・・・・」

宝はそう言いかけて口をつぐんだ。裏山に行ったんじゃなかったらどこへ行ったっていう

んだ。だんだん宝の考えていることが分からなくなってきた。

「谷屋は・・・・裏山にいるかもしれない・・・これが落ちていたんだ・・・・」

そう言いながら宝は自分のポケットの中から眼鏡を取り出した。

「あ・・・・ピンクのフレーム・・・これは確かに谷屋さんのだと思うわ」

岬は宝からその眼鏡を受け取りながら呟いた。もしかしてこいつ・・・谷屋を捜してるの

か?

「何でお前が探しにいくんだ?警察に任せとけばいいじゃないか・・・・」

俺は半ば疑いがかった口調でそう言った。警察はちゃんと動いているはずだ。なのに、

生徒一人動いたって見つかるもんじゃない。なぜそんな無駄な事をやるんだこいつは。

「そっ、そうだよな」

その頷き方はどこかわざとらしかった。そして笑う。

「昔から事件が好きでさ」

へぇ。昔から・・・ねぇ。

「おかしな奴・・・・・」

明らかに嘘だと言うことが分かる。もし本当に事件が好きならもっと確かな事をつかんで

いてもいいはずだ。そんな見え見えの嘘をつく宝に俺は呆れ返った。

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